ひろゆき発言ログ

2ちゃんねるの開設者である西村博之氏が過去に答えた質問や持論を書き起こし

正直自殺考えている

ブログの趣旨と全然関係ないけど、メモとして残しておく。

ブログの更新作業も含めて、簡単なタスクができなくなってきてる。

思考力も落ちてきている。生活に支障が出るほどの不眠などは全く無いにもかかわらずだ。

周りの人間は気を紛らわせる方法ばかり吹き込んでくるが、残酷な真実を言う勇気のある人間はいない。言ってくれる人間がいても僕が救われるわけじゃない。つまり、意味がないから誰も言わない。

一時的なごまかしなら散々やってきたんだと声を大にして言いたい。ごまかしでカルピスの原液に、ごまかしでかさを増やしてどんどんどんどん水ばかり増えていく。

ほぼ味がしない。ほぼ。

自分より味が薄そうな人間を数人知っているが、彼らはどうやって生きていられるんだろう。

心情を変えることが重要だとみんな思いすぎているような気がしてて、「見る角度を変えたら世界の景色は〜」みたいな言葉に疲れてしまう。

事実から逃げて救われるならぜひ逃げたほうが良いし、それでいいなら全然逃げることは良いことだと思う。

ただ、自分の場合事実の方から後ろから刺してくる、どんなに楽しい会話や娯楽もそれの前には無、どんなに美味な食材もそれの前にはヘドロ。

生きる希望というか、生きることを前提に日々の選択をしていかないと生産性も落ちるし、何もいいことはない。それがわかってるから、あんまり普段は死を選択肢に入れないようにしている。死を選択肢に入れると悪循環に入るから。

ただ、希死念慮は心の隙間にいつの間にか入りこんでいて、あっという間に埋め尽くしてしまう。

「死にたい」はパフォーマンスを下げる。だが、パフォーマンスを下げるとまた自分は後退するので、矢印で表すと↓→↓→↓→↓になる。なにかで上げないといけないがでも…でループ。

「悩み」というのはループ。解決不可能な悩みはないと思うが、ちょっとこれに関しては長年伝統のぬか漬けみたいに漬けられた心のゴミみたいな(思考のゴミ?といった方がいいのだろうか。心という言葉は個人的に嫌い。)もので、ここ数年で明らかに限界に近い気がする、

なぜ「気がする」かというと過去にも限界だとおもったタイミングはあって、そのタイミングは限界ではなかったから。

最悪なのは、「外から見えている点」を「同世代の平均と比較して」みたいな話をされるパターン。「まだ若いんだからいくらでもやり直せるよ」的な。うわあ…ってなってしまう。

100%間違ってはないと思う。ただ「難解な知恵の輪」みたいになっている。がんじがらめになっていて、非常に難しい。解ける(乗り越えられる)人もたくさんいただろう、というか難解だと思いこんでいるだけで、意外に簡単かもしれない。だが、絶望的に頭が悪いのと、もう走る元気がなくなってきてよたついてきていることが、いよいよ解読を不可能なものにしている。

ここまで書いて一旦文章を見返してみたが、はっきり言って終わってるなと。1000字前後の文章もまともに書けない。あー訓練なんですよね?訓練が大事なんですよね。そうなんでしょうね。

多分自分は「嫌な人」ではある気がする。嫌な人は助けたくないもんね。問題は、僕も嫌な人を助けたいと思ってないことだ。つまり、自分

 

気分が悪くなったので、ここまでにします。ブログはまあ普通に更新するかもしれないし、しないかもしれない。全くしなくてブログ閉鎖になったとしてもどこかで元気にしているかもしれないし、予約投稿入れまくってはいるけど本人は死んでるなんてことになってるかもしれない。はっきりしていることは、今日は更新しないということ。

ほとんど思ったことを殴り書いた。(書き始めた時に浮かんでいた文章はタイトルのみ)

「後悔」だったらやればいい。ただ、状況はもっと

 

追記:迷走していた文字起こしブログに突然ゴミポエムが投稿されるこの感じが今の社会の実像なのかもしれない…←かっこいい…

 

 

 

 

ひろゆき「人類が火星に住む必要性が分からない」【宇宙】

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(ひろゆき)

 洋泉社さんっていうところで、なんか本を作るっていう話があって、似たような話をしたんですけど、人間が火星に移住する必然性が僕まったくわかんなくて、なんでわざわざ火星に行って住まなきゃいけないの?地球でよくね?わかんないんだよね。

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